密告

「はい、何でしょう?」
栗色の髪をした若い受付嬢は、真正面に無言で立っているフードを被った男−−身長、体格から見ると少年だろう−−に、問いかける。しかし、フードの少年はまるでこちらの言葉など聞いていないかのように無反応だ。いやフードの中に垣間見える彼の目を見るかぎり、少年は死んでいると言っても過言ではない。その一般人の日常から離れた存在である少年、受付嬢はその仕草で彼が何者か悟ったらしい。
「合格者の方ですね。合格、おめでとうございます。」
受付嬢がフードの少年にねぎらいの言葉をかける。
「それでは、受験カードを。・・・・はい、確かに。ではこちらの入隊書にご記入下さい。」
いままでの経験で慣れているのか、彼女は笑顔を曇らせることなく、相手の事などお構いなしに紙を差し出す。
フードの少年は感情を全く見せない動きで差し出されたカーボン紙を受け取り、必要事項を記入していく。
 まず氏名、年齢、国籍、住所のための記入欄が上の方に。中央部には契約内容の全てが記されている。そして、一番下のスペースに「希望するなら識別名称を記入しなさい。」という文章と記入欄がある。
全ての空白を埋めたカーボン紙を受付嬢に返した少年には、未だに感情というものが見受けられない。 「では・・・タツヤ様、これで手続きは終わりです。ご苦労様でした。」
受付嬢そう言ったとき、フードの少年が初めて口を開いた。
「あの『待合室』は?」
外見と同じく、どこか幼さを残した声で受付嬢に尋ねる。しかし先ほどの目によってか彼からは少年の持つ若々しい精気はなく、少年の皮を被った老人のように思えてくる。
「『待合室』ですね。では12番の部屋に行って下さい。」
しかし、受付嬢の笑顔も微動だにしない。お互い鉄壁の仮面を被り、相手に感情を見せまいとしている。
 壮絶なにらめっこを先に辞退したのはフードの少年だった。彼は奥に続く通路を見る。その通路は人が数人ならんで歩くのがやっとの狭さで、そのくせやけに奥行きがある。通路の両側には等間隔にドアがならび、アパートのようにドアに1〜12までの番号の書かれた札が張ってある。
 彼は受付嬢の言う通りに12番の部屋に向かって歩く。ちなみに彼は自分が去っていたあとその受付嬢が災難が去ったとばかりに大きくため息をつき、タバコに火をつけたことは知らない。
少年は12号室に入ると、いきなりに声を張り上げた。
「おい、かなりの人数がたむろしている場所がある!!オレについてこい!!」
 中にいた人の種類はまちまちだったが、皆一様に銃器と殺意を持っている者ばかりだった。コンクリートむき出しの壁の部屋に響いたいきなりの大声に一瞬あたりが静かになる。しかしすぐに元の騒がしさが戻ってくる。彼等の中の数人が立ち上がり少年に近づく。
「ねぇ、おもしろい事言うね。それ、トイレでゆっくりと話し合おうか?」
数人の内の一人の金髪が言い、まわりの男達も「おいおい、またかよ。」と、金髪の異常な趣味をはやし立てる。少年は無表情のままに懐から銃を抜き出す。その銃口は震えており、いつ暴発してもおかしくない。
「子供はこんなもの持っちゃダメだよ?」
と、金髪は優しく少年の銃−−M9だ−−を取り上げ、いつの間にか銃が手から離れた事に驚愕している少年を壁に押しつけ、耳元に語りかける。金髪の容貌は決して悪くはなく、まるでナンパ中のキザか、好色な紳士の様にも見える。もちろん左手に銃が構えられていなければ、ではあるが。
 金髪は値踏みするように少年の体を頭の先からつま先まで見渡す。そして改めて笑いかける。どうやら金髪のストライクゾーンに少年は入ったようだ。
「それじゃ、行こうか。」
金髪はあくまで優しく少年の手を取り、個室に連れて行こうとする。少年ははじめは反抗しようとしたが、背中に銃を押しつけられると諦めたように素直になる。
 少年は金髪に手を引かれながら、このビルに来るまで抱いていた周囲の人間に対する優越感は全く根拠の無い物だったことを理解していた。いままで常に誰かを恨んできた。それを出さずにいたのはその優越感のおかげだった。今、心の中にそれがあった分の空白を占めるものは、『無力』。
彼等がこの殺風景な部屋を出ようとドアを開ける。しかし首筋に添えられた大型のナイフに気づき、動きを止める。
「・・・・・なんだ、ポーカーフェイスさんじゃないですか。」
金髪はそのナイフの持ち主である黒ずくめの男に、口ぶりは達者に、内心は冷や汗をかきつつ、話しかける。彼にはさきほどのポーカーフェイスの動きは全く見えてはいなかった。彼にかなわないことはいままでのSPAS隊員での経験でよく理解している。
 この間の研修生のグループを制圧するとき、金髪はポーカーフェイスと共にいた。ポーカーフェイスの出で立ちは漆黒そのものだった。黒いブーツ、黒い服、頭の後ろにまとめられた長い黒髪。ナイフも、それに合わせているのか、刃の部分以外は漆黒であった。彼はうしろにいる金髪や他の仲間にかまわず一人で飛び込み、敵を無慈悲に殲滅していった。仲間が入ったときはすでに作戦は完了していた。グループのリーダー以外、十数人を十数秒で抹殺したのだ。
「そいつの話を聞かせろ。嘘である、という証拠でもあれば話は別だが?」
完全に金髪を見下した目、口調。金髪は『絶対的な存在』に言われるがままに、少年−−タケオ−−を離す。タケオは逃げようとはしなかった。突然現れた強大な存在に圧倒されてしまっている。
「小僧、言え。」
相変わらず人を見下す姿勢を崩さずに、タケオに迫る。迫られたタケオはどもりながら自分の意図を伝える。
「ゲイツっていうグループがある。こいつ等はみんなガキばっかで、リーダーの丹波って奴と副リーダーの夜木って奴が仕切ってるんだ。オレはそいつ等を潰そうと思ってるんだけど、一人じゃ流石に無理だ。だからここで仲間を集めて奴らを潰そうと思ったんだ。」
ポーカーフェイスはどうでもよさげにタケオの話を聞き、全て聞き終えたところで一言
「・・・その中に強い奴は居るのか?」
とだけ聞いた。
「丹波って奴は凄いらしい。今まで何人も殺してきてるらしい。」
そうタケオが答えると、ポーカーフェイスは部屋にいる何人かを呼び、コートを羽織る。
「小僧、行くぞ。」
そう言うと、仲間と共に12号室を後にした。