9月23日(ゲイツ)

 油断した。まさかここまで追いつめられるなんて・・・・・・・・
 丹波は二階の窓際の壁に張り付き、時々割れた窓から顔を出しては外の敵に発砲していた。丹波の他にも何人かの子供達が別の窓から応戦している。しかし、もともとこれだけの戦闘を予想していなかったため弾薬ももう少ししかない。
 普通はこれぐらいの準備はするべきだと思うかもしれない。しかし、SPASの試験生は基本的に一人から多くて4人が基本なのだ。まさか住人以上の試験生が集まるなど、例外中の例外なのだ。
 先刻までいつも通り、彼等は飯を作る準備をしていた。と言っても、料理は主に女の子達で丹波や何人かの男手は回りの監視をしていた。突然の敵襲にも皆柔軟に対応し、速やかに攻撃態勢が取れたのは、日頃の丹波による鍛錬のおかげだろう。しかしそれでも数で圧倒的に負けており、じわりじわりと敵の包囲が縮まる。
 丹波の隣で応戦していた、まだ小学生であろう少年が突然後ろに吹き飛ぶ。部屋の奥の方で盾となっているテーブルの隙間から、他の子供達の悲鳴があがる。
「シン!!」
 丹波は持っていたアサルトライフル、「M16A1」を床に投げ捨て、シンと呼ばれた少年のもとに駆け寄る。シンの被害は酷いものだった。当たった弾は右目を貫き、脳を破壊していた。かろうじてまだ命はあるが、もう持たないだろう。片方しかない瞳で、シンは丹波を見つめる。その瞳も既に光を失いつつあり、神はたった数分の猶予も彼に与えはしなかったということを実感させる。シンは震える口を最後のどうにか操り、
「お・・・にぃ・・ちゃ・・・・」
とだけ言い、そのまま息絶えた。丹波はシンを抱いたまま、獣のように叫ぶ。シンは丹波に何を伝えたかったのだろう。今までのお礼だろうか、それともジョークでも言ってのけようとしたのだろうか。・・・「死にたくない」だろうか。それを知ることはもう出来ない。
 丹波の叫びに驚いたのか、ピタリと敵の銃撃が止まる。丹波は瞳に怒りをたたえ、唇を血が出るほど噛みしめながら、それでもゆっくりと窓の外を見る。
・・・・・・・・・・・・・・・・・死神・・・・・・・・・・・・・・・・
 時が止まる。敵は丹波の叫びに驚いたのではない。彼をこちらに送り出したのだ。銃撃を止めた敵の間を歩き、この廃ビルに近づいてくる黒い男。後ろでまとめた長い髪を左右に揺らし平然と歩くその姿は、「死」を司り、闇夜を這う死神に見えるかもしれない。少なくとも丹波にはそう見えたようだ。
 口の中が乾き、舌が粘つく。そのくせ、丹波の背中にはびっしり冷や汗が浮かんでいる。丹波の怒りは霧散し、今は恐怖に彩られている。黒い男は段々とビルに近づくが、丹波の足はピクリともせず、別の窓にいた少年達も同様に動く気配すらない。
 やっと足が動かすことができた頃には、男は既にビルの一回に入り込み、姿は見えなくなっていた。丹波は部屋の隅の本棚、に隠されていたドアを開く。ずっと使っていても所詮廃ビルなのだろう、目に見えない所には汚れがたまっていたらしい。ドアの隙間から、本棚の上から、溜まっていた埃が落ちる。丹波は目の上に手をやって埃から目を守り、子供達を通路の奥に促す。外に誰もいないのを確認し、ドアを閉める。振り返り念のため人数を数える。一人足りない事を丹波が気づくのとほぼ同時に、少年の一人が叫ぶ。
「リュウがいない!!」
言うやいなや丹波の横をすり抜け、ドアの向こうへと飛び出す。丹波は少年を止めるためにドアの方へと振り返るが、もう既にドアの向こう側に飛び出した少年は見えない。その代わりに、別の少年が見えていた。床に倒れ血を体中から流す、リュウの姿だ。部屋には、いまさら血のにおいが広がり始める。
「くそっ!!」
丹波は思わず叫んだ。リュウの傷口は先程のシンとは違い、何か鋭利な物で切り刻まれた物だ。こんなことができるのは、さっきビルに入ってきたあの男しかいない。そして、目の前にリュウの死体があるのにそれを探しに行った少年がいないという事実。丹波の頭には不吉な言葉が湧き出るように次々と出てくる。
 取りあえず残りの子供達だけでも・・・・
そう考えていた丹波の耳に、物音が届いた。ザッ、ザザッ、と布で包まれた重い物を引きずる様な、不吉な音が聞こえる。血のにおいがより一層酷くなる。そしてドアの端から視界へと入ってきたのは、黒い男。左手に持つのは、頸動脈を裂かれ、床に深紅の芸術を紡ぐ、「元」少年。
 男、ポーカーフェイスの服装は黒一色から、血の赤と黒の斑模様となっている。右手の中にある血にまみれたナイフが、床に点々と血のあとを増やす。それらは少年達の流す血の流れに飲み込まれ、新たな流れを形成していく。
 瞬間、丹波の右腕がバネ仕掛けの様に跳ね上がる。手にはいつの間にか、ハンドガン並みの大きさのサブマシンガン「イングラムM11A1」がある。その銃口が目にも止まらぬ速さでポーカーフェイスの頭に向けられる。発砲。
 マズルフラッシュが一瞬だけポーカーフェイスの体を隠す。丹波は吐き気のようなものを感じ、後ろに下がる。先程まで丹波がいた所には、丹波が発砲する前と全く同じ姿勢でポーカーフェイスが立っている。唯一違うところは、左手に持っているのはこれまた血まみれのナイフということだけだ。
 2人の男が対立する幅数mの通路はいくつかの蛍光灯で照らされるだけのもので、隅の方にはジワリと闇が滲む。通路を闇から守るその蛍光灯も、もはや寿命なのか希に点滅している。
・・・・・・・・・・ジジッ・・・・・・・・
光が消え、闇の世界になる。そして蛍光灯が再び息を吹き返したときには、ポーカーフェイスは丹波を通り過ぎて既に先、子供達が逃げた方向へと歩む。丹波の手からイングラムが滑り落ちる。
ジジジジッ・・・・・・・・・・・・・
蛍光灯が断末魔をあげ今度こそその役目を終えると同時に、暗闇の中でドサリと何かが倒れる音がした。