音・男・熱帯魚

「この一ヶ月、試験生が次々と被害にあっているらしいな。」
 その男、リックは、目の前の報告書に話し掛ける。彼はロシア系のハーフで、色は白く長身である。40になろうかというのに若々しさのにじみ出るその表情は、さぞ女性を惹きつけるだろう。
 この辺り一帯の景色が一望できるSPAS本部ビル最上階。小さなオフィスが丸ごと一つ入るであろうその部屋の中央少し窓よりに、通常のものより一回り大きいデスクがある。その木製のデスクの木目やその上にさり気なく置かれた調度品から、またそのデスクの横の熱帯魚がいる水槽から、持ち主の地位の高さと知性の高さが窺い知れる。
 実際、そのデスクの椅子に腰をおろしている男は、SPASの『議会』の『会員』の一人である。
 SPASは形式的には警察の中の一部門とされているが、警察の業務とは全く異なり、その動きも完全に別個の物となっているというのが実情である。その中で個人の判断で当初の目的に反するような行動のおきることの無いよう、少人数による議会制をとっている。すなわち、この『会員』になった者は、SPAS全体の動きを作る権利を所有する事となる。
 個人には広すぎる部屋には明かりは窓から差し込む光以外無く、部屋全体が薄い闇に覆われている。
「ああ。」
 部屋に、もう一つの声が染み渡る。ドアの近くの壁にもたれかかっている男のものだ。声は低く、しかし機械的と言っていいほど口調ははっきりとしている。
「現在確認されている中で、重軽傷者17人か。ひどいな。」
手に持った報告書を読み上げ、興味を失ったように机の上に投げ、気だるげに立ち上がり水槽を眺める。水槽の中では熱帯魚が、日光を反射し、優雅に泳いでいる。男はそれらをいとおしげに眺めながら、水槽の中に餌をばら撒く。熱帯魚達は水面に近づき、漂う餌を器用に口の中に持っていく。
「困ったものだ」と言いながらも男の目は熱帯魚を眺め、口元は微笑をたたえている。
「しかしまともな者から犯人の情報が分かったらしいから、もう時間の問題だ。・・・・それにしても・・」
我慢できなくなったのかクツクツと笑い出した。そして相変わらず誰もいない空間に話し掛ける。
「まるで初めての試験の時の様だな。・・・思い出すねぇ。」
微笑で細くなっていた目を今度は回想で細め、笑い出す。
「あの時は確か・・・・24人だったかな?今とちがって全員殺されていたがね。」
「・・・・・・・・・・」
「ああ、すまない。私もいい大人なのに興奮してしまったよ。」
 男は言葉を一度切り、タバコを取り出す。男が黙った事によって、部屋に再び静寂が満ちていく。カチリとライターの蓋を閉じる音が響く。
「そういえば最近になってやっとコードネームを決めたらしいね。正直名前も知らないから呼び方も困っていたんだよ。」
紫煙をくもらせ、それが気に入らなかったのか男は顔をしかめ、まだ一度しか口をつけていないタバコを灰皿に押し付ける。
「それではポーカーフェイス君。この事件の犯人、夜木を殺してくれ。数人なら連れて行ってもいい。」
「分かった。」
 そこで初めて、男が動き出す。部屋の隅にわだかまっていた影から出てきた男は、真っ黒な服装と、それと対照的な白い肌。「ポーカーフェイス」と呼ばれる男はドアを開ける。
「ああ、そういえば。」
 リックがそういえば、と言う顔をしてポーカーフェイスを呼び止める。
「なんだ」
 ポーカーフェイスは動きを止め、続きを急かす。
「うちの愚息がまた迷惑かけたみたいだね。あいつの趣味に口出しするわけじゃないが、もう少しなんとかならんもんかね。」
「あんたの家庭問題を俺に押し付けるな。あの金髪は俺の子じゃないんでな。」
それだけ言って、ポーカーフェイス部屋を出る。これで会話は終わりだと言わんばかりにドアが大きな音を立てる。