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「序章 受験者」

・・・・・パシャ・・・・パシャ・・・
 普通の人はこの大雨だと家を出ないようにするだろうな。雲の向こう側にあるはずの夕日が雨雲に紅色を添加して、雨雲の灰色と混じり合って出来損ないのような色を形成している。そのくせ周りの景色を淡い橙に染めて、ビルを、人を、濡らす。最近工事でもしたのだろう。まだ真新しいアスファルトは、赤色の雨を弾き、てらてらと鈍く光る。
 この裏路地は道路がレンガ造りのレトロな感じで、カップルが比較的多いようだ。雨で少なくなった通行人が僕を見ている。前なら別に緊張したりしなかったが、今は精神的に参っているのかやけにきになる。
 あの「襲撃」から既に一ヶ月。僕は今までの「逃げ」をやめた。もう誰かを守る必要はないから。
真っ黒なスーツを着るようにした。髪は逆にブリーチで色を抜いた。全部試験生に見つかりやすくするために。
鞄にみんなの形見を入れ、決してなくさないようにした。自分の中決して忘れないようにするために。使われなくなった櫛。割れたメガネ。もう鳴ることの無い携帯。
『そうだ、これは罪なんだよ。』
頭の中にいる【みんな】が僕を静かに責め立てる。はじめは否定してた気がする。もう深く覚えてないけど。
〈自分のすべき事も忘れ・・・・〉
[破壊衝動に身を任せて・・・・]
{お兄ちゃんは僕達を・・・・}
『俺を・・・・』
『〈[{お前は、殺したんだ・・・・・}]〉』
 アスファルトに広がる赤色が、一瞬血に見える。瞬間、あの日が脳裏をよぎる。地獄絵図となったあの廃ビルの狭い通路の先、小さな出口のすぐ先で、切断された自らの首を抱かかえるような格好で死んでいる弟の姿。その周りに転がる別の体の一部。今は自分にもこびり付いた、血の臭い。
 胸に耐えがたい衝動が込み上げる。僕は足を絡ませながら壁に手をつき、胃の中のものをぶちまけた。しかしあの日から食べ物が喉を通るはずも無く、努力して食べた昨日の物以外は胃酸が出るばかり。口に酸味が広がり、更なる嘔吐を誘う。もう何日も寝ていない。さっきみたいな幻聴や幻覚も何度見たものか。体感温度も変わったのか、異様に寒い。
 でもその苦痛が僕を何度も救ってきた。戦っているときも常に襲うこの苦痛は、力に「喰われ」そうになる自分の心を体に繋ぎ止めていてくれる。
 壁を支えにしながら、ゆっくり歩き出す。できるだけ試験生と会いやすいようなルートを進めば、会えるかもしれない。弟を、みんなをあんな姿にした張本人に。あれはきっと刃物を日常的に使ってるに違いない。あんなに大量の人数を一人も逃さず殺している所からして、複数だろうか。
 とにかく、歩こう。もう怒りも、何も無いけど。歩くしか僕にはできないから・・・・
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